分解能

分解能

先回のblogで、液滴が水面に当たった場面や、立方体が平面に落ちて壊れる場面をシミュレーションし、そこに曲を付けました。この過程で幾つか思ったことがあります。以下その紹介です。

シミュレーションや映像では一瞬の出来事をスローモーションで計算することができます。しかしその際、映像が十分な時間分解能で作製されている必要があります。そうでないと、スローモーション時に飛び飛びになります。一瞬ではそこに音楽を付ることはできませんが、スローモーションでは、そこに時間が作れるので音楽を付けることができます。

自分で作ったモノを後で見返したり、プログラムも随分たって見返すことがたまにあります。その時に稀に、「よくこんなモノを作ったな」、とか、「これはよく考えているな」、とか自分が作製したにもかかわらず、そう感じることがあります。恐らく、その時情熱を込めているとか、悩んだ末の解決策であったりするのです。そして忘れていた作り方を遡っていけるのです。こうしたことができるというのは、それを作った時の分解能が高かったと言えるのではないかと思います。それを時間が経った後で見ていくと、その時のことが思い出されたり、新しく得た知識を加えて、もっとこうできたのにとか、別の解釈もできたな、と思ったりするのです。これはスローモーションで再生した映像に音楽を付けるのと似ているような気がします。

歴史に対して高分解能という言葉を使うことがあります。これは一つの歴史的な出来事に対して、複数の見方、複数の立場、複数の意義といった、多方面から分析する能力のことを指します。出来事や人物像を立体的に浮かび上がらせる、という意味に使います。
出来事に対しても高分解能は使えるでしょう。別の体験をして身に着けたこととの関連性を得ることで、深みを増します。これもスローモーションで再生した場合、別の体験が補ってくれるでしょう。一般に過去の出来事は忘れていきますが、新たな体験が加わることで、時間が経つほど、過去の出来事が高分解能になる。そうしたことがあるのも事実でしょう。

パウル・クレーの絵に「新しい天使」という絵があります。次の絵です。

この絵に対し哲学者ヴァルター・ベンヤミンは次にように解釈しています。
「彼は顔を過去の方に向けている。私たちの眼には出来事の連鎖が立ち現われてくるところに、彼はただひとつの破局カタストローフだけを見るのだ。その破局はひっきりなしに瓦礫のうえに瓦礫を積み重ねて、それを彼の足元に投げつけている。きっと彼は、なろうことならそこにとどまり、死者たちを目覚めさせ、破壊されたものを寄せ集めて繋ぎ合わせたいのだろう。ところが楽園から嵐が吹きつけていて、それが彼の翼にはらまれ、あまりの激しさに天使はもはや翼を閉じることができない。この嵐が彼を、背を向けている未来の方へ引き留めがたく押し流してゆき、その間にも彼の眼前では、瓦礫の山が積み上がって天にも届かんばかりである。(「歴史哲学テーゼ」第9節)」

ベンヤミンは、第1次世界大戦とその後のナチズムの台頭時代に生きた方です。上の言葉も戦争を描写しています。風はそうした苦しい過去から吹き付けてきます。天使は翼をたたみ地上に降り立ち、その過去を修復したいと願っています。しかし吹き付ける風があまりに強く、翼は広がったままになって、降り立てない。歴史はしだいに良くなっていくと漠然と思っているところがありますが、未来を作る風はこうした過去から吹いてきているということです。そのような意味でしょう。彼の体験は間違いなく高分解能であったでしょう。私の体験はたいしたことはありませんが、半導体不況に直撃されたことや、ワンチップICの波に飲み込まれたことがあり、そうした所から、今も風が吹いているのは確かです。しかし、高分解能であったのはそうした悲観的なことだけではなく、上述したような、高い集中力で過ごした所からも吹いているように思います。

ベルグソンは「私が一杯の砂糖水を準備する場合、何をしようと、私は砂糖が溶けるのを待たなければならない」。と言っています。これは、私の命が砂糖水が溶けるぐらいの短さであったとすると、砂糖水は大変ゆっくりととけていくように思うでしょう。また、私の命が極めて長いなら、砂糖水が溶ける時間は一瞬の出来事でしょう。分解能という意味でこの話を解釈するなら、砂糖が溶けるのを見ようとする情熱・意識、豊富な解釈があるなら、砂糖はゆっくり溶けていき、そこに現象を見つけることができる、と言ったようなことかと思います。

人生のある部分をスローモーションにした時、そこに曲を付けれるぐらいの時間に拡大できる場所が在りたいものです。

表紙の画像は、2025.07.18のblog「「環世界」と「暗黙知の次元1」で紹介した映像からの抜粋です。空間分解能を表しています。今回は時間分解能の話ですが、適した画像が思い浮かびませんでした。分解能という共通点があるので、よしとしてください。

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