ディスプロポーションとは
ディスプロポーションは、鷲田清一著の「モードの迷宮」の中で登場する言葉です。もともとはパスカルが使った、「プロポーションの欠損、均整がとれていないこと、不均衡、不釣り合い、あるいは背反する運動に引き裂かれ、定まらぬこと」に端を発しています。「モードの迷宮」の中から次の文章を引用します。これから意味を推測することができます。「例えば、衣服はほんとうに体を覆い隠すためにあるのだろうか。蔽い、隠す運動は、そのうちに、強調し、顕にする逆ベクトルの運動を含んではいないだろうか。晩餐会や舞踏会で女性が身につける夜会服には、たいていの場合大胆な胸ぐりが施されている。この胸ぐりは男性の視線を引き寄せ、つなぎ止めるひとつのポイントになっており、この境界線によって際立たせられた素肌と布地の対象は、見せる/隠すという相反する二つの運動を交叉させ、そのことによって視線をますます熱くする。・・・このように、隠蔽しながら強調する、誘惑しながら拒絶する、保護しながら破損する、といった互いに背反する運動、対立するベクトルが、衣服の構造のなかでしのぎを削っている。」
つまり、「ディスプロポーション」は相反する二つの極を持ちます。そして、一方が強くなったり、弱くなったり、調和したりすることで、ファッションのダイナミズムを生みます。このことが連綿と新しいモードを生み出し続けている理由として示されています。この考えを利用すると、2つの相反する極を作り、その極の間の位置をコントロールすることで、様々な「状態」を作ることができると考えます。
ディスプロポーションの例
Monogokoroの中で、ディスプロポーションの構造を持っているを例は複数あります。ここでは直近の「「純粋」の考察」で論じた「純粋経験」、「純粋持続」から見てみましょう。これらの2つの極は、「ゲシュタルト」と「分節」です。
「純粋経験」
これまで何度か挙げてきた、ポランニーの真っ暗な洞窟に探り棒を持って入る例について再度考察してみます(2025.07.18「環世界」と「暗黙知の次元1」)。最初は何かわからないが、次第に、音や当たった感覚や、空気感といったものが統合され、岩だとか、水たまりだとかが分かるようになります。最初のなんだが分からない状態が「純粋経験」です。そして、感覚が統合されて岩だとか、水たまりだとか理解します。これはゲシュタルトです。しかし一方、岩だとか、水たまりは、他の様々なモノから、暗闇の場合は混沌から分節された、とも言えます。つまり「ゲシュタルト」と「分節」の双方が含まれています。これが両極です。この両極の間を動くことによって、暗闇の中で気持ちがダイナミックに動くのです。ここにディスプロポーションの構造があります。ここでは、「分節」は「ゲシュタルト」の結果であると同時に、次の「ゲシュタルト」の素材にもなっています。知覚と意味が生成されていく運動そのものです。そしてその運動が、私たちの心を揺さぶります。なぜなら、そこには「わかる前」と「わかった後」の間、気づきの瞬間があるからでしょう。
「純粋持続」
一つ前のblog「純粋の考察」内の「純粋持続」の節では、御神神社の4枚の絵と桜の例を挙げました。過去の思い出や、昨年の一頭の鹿が、今年は子供を連れてきたことに、今この時に心を動かしていること、また死を覚悟した武士が来年も桜が見られるであろうか、と思う例です。これらは「今」この瞬間に過去の出来事や、予感が折り重なるというか、凝縮して、現在・過去・未来と区別がなくなっている状態を示しています。この今に凝縮された状態を「ゲシュタルト」と捉えます。また一方で、御神神社、鹿、桜等、モノとしては分節しているわけです。つまり、「ゲシュタルト」と「分節」が混ざった状態になっていると解釈できます。ここにも心を動かすダイナミズムの構造、ディスプロポーションがあります。
ディスプロポーションのイメージ
究極の何々というモノを求めることは意味のあることでしょう。しかし、それがもし見つかれば、終わりになり、ダイナミックな変化はありません。何故ならそれさえ使えばよいからです。これは、あらゆることが思い通りになる神様は何の楽しみもない、というのに似ています。ディスプロポーションは2つの極を持ち、常に揺らぎ、ダイナミックを保つ構造です。これによって変化が生じ、飽きない行動や商品を生み出し続けます。この節ではTouchDesignerでディスプロポーションのイメージを作製してので、それらを紹介致します。
お椀の中にボールが落ちるシミュレーションです。お椀の底が、sin波形で動きます。右に振幅のピークがある場合と左に振幅のピークがある場合が両極に対応します。その間を動くことで、ボールの動きにダイナミックさが生じる例です。お椀の底が動かず、一番低い所があれば、ボールはそこに留まりダイナミックさを失います。常に変化するからダイナミックさが生じることを表したつもりです。次も似たような映像です。
これは、右と左にランダムに動く極があります。x,yの位置は固定しており、高さ方向がランダムに動きます。この2つの極が動くことでボールがダイナミックに動いています。
これらの映像の作製方法は、TouchDesignerの物理シミュレーションを扱う、Bullet Solver COMPを使っています。今回のように、物体が何かに衝突する場合のシュミレーションが行えます。もう一つNvidia Flex Solver COMPがあります。こちらは、2025.06.23のblog「物理シミュレーションの活用 パーティクル」で紹介したように、流体のシミュレーションが扱えます。後日、物理シミュレーションを行うSolverについて解説したいと思っています。
他のディスプロポーションの例
「純粋経験」「純粋持続」のディスプロポーションの例は、「分節」と「ゲシュタルト」を両極と捉えました。一般的には両極があり、その間でダイナミックさを生む概念ですから、様々なモノにこの構造を見出すことができる強力な概念です。最近のMonogokoroから例から挙げます。
1. 視覚の例、「俯瞰」と「追跡」が両極です。
例:2026.02.12 「視線の違いによる映像の影響」, 2026.01.10 「躍動感1:オブジェクトからの視線」
2. 音の表現の例、「音の信号処理」と「MIDI」が両極です。
例:2026.02.09 「映像による音楽生成:瞬間の音楽」
3. 映像の例、「抽象」と「具象」が両極です。
例:2025.11.07 「プロセス絵画2 動的抽象化」, 2025.11.07 「ナラティブ・パッケージ」
両極の設定をどう捉えるか、これが重要です。双極間を動くことで、多くのバリエーションを生み出すことができます。
結言
少なくとも2つの相反する極を作り、その間を移動するディスプロポーションは、ダイナミックな変化を生み出したり、長く飽きないインターラクションに繋がったりします。今回、「純粋経験」「純粋持続」を「分節」と「ゲシュタルト」を両極とする構造から考察しました。これはオリジナルな考察です。このディスプロポーションを繰り返し行うことが、インスピレーションに繋がると思っています。

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