はじめに
最近trail CHOPとlimit SOPの使い方で軌跡が連続的に描けるということを知りました。そして、それならこういうことができるんじゃないかということで、「痕跡4」、「映像による音生成2」、「躍動感:オブジェクトからの視線」の一連のblogを書きました。作製の過程で、これはガダマーの「地平の融合」だなと思ったのです。そこで今回は「地平の融合」とはどういうことかについて述べたいと思います。ガダマーは若い頃に、ハイデガーの講義を聴いて強い衝撃を受け、彼の基で学んでいます。ですので存在論の系譜で、ハイデガーの強い影響が見て取れます(ハイデガーはこのMonogokoroのブログで度々登場しています)。しかしカダマーは「解釈学」を通じて「理解するとはどういうことか」という存在論と関係しているが、ハイデガーとは別の問題を問うています。「地平の融合」という概念は、彼の「解釈学」の本質を表しています。
「地平の融合」とは
ガダマーは「人間はすでに理解するという仕方で生きている」と述べています。彼にとって「理解する」というのは、解釈の運動で常に理解を通じて変化するプロセスです。この理解する切っ掛けを作るのが「テクスト」との出会いです。彼の言う「テクスト」は、「自分の知らないこと」と言えます。本等の書かれたモノのだけではありません。本は自分の知らないことが書かれていると言う意味でテクストです。自分の知らないこと、理解していないことを哲学では「他者」と呼ぶことがしばしばあります。ですので「テクスト」は「他者」のことでもあります。一方、既に知っていることもあります。これを代表的な言葉というと「歴史性」です。例えば私の場合、日本に生まれ、日本文化の中で暮らし、日本語を話し、両親の影響を受け、その他多くの人と会い、それらの方の影響を受け、本を読み、その本の影響を受け・・・といったように、私に染み込んだこと全てを指します。そうした「歴史性」の中で既に培われた物事の理解を「先入見」と呼びます。これは「先入観」と同じだと言えなくもないですが、そのニュアンスは違います。「先入観」というと偏見とか、勝手に決めつけるような否定的なイメージが伴います。ガダマーの「先入見」は理解の前提として肯定的に捉えています。今までの理解があるから、自分の知らない「テクスト」と出会って、新しい「理解」が創られて行くようにです。個人的な意見としては、「先入観」という言葉が偏見にまみれた印象が普及しているので、「先入見」という別の言葉を使ったのではないかと思います。これはハイデガーの「現存在」の考え方と繋がっています。ハイデガーは「人間は世界の中に投げ込まれた存在であり、すでに何らかの理解や関係性の中にある」と言っています。つまり、我々は常に、何かを前持って理解している状態から出発しているのです。この「前もって」という感覚が、ガダマーの「先入見」に引き継がれています。21世紀に生きる現代人から見ると、当たり前のように思いますが、これは彼らの前の世代である、「先入観を無くして、理性の目で物事を見ることで、真理にだどりつく」といった、理性主義の考えを真っ向から否定しています。ガダマー等は、固定した真理があってそれに向かっていくことが理解であると考えていません。ガダマーの主張は、「先入見」があってそれで物事を解釈しているわけですが、自分の知らない物事である「テクスト」と出会います。そこで、新たな解釈が生まれ、その解釈でまた物事を見ます。そしてまた解釈が変わります。このようにフィードバックしながら展開する動的な理解の運動を真理と呼んでいます。つまり真理は解釈の運動でプロセスです。私が良く使っている「コミュニケーション」という言葉を使うなら、「テキスト」との「コミュニケーション」によって解釈していくプロセス(運動)を「理解」と呼んでいます。真理を固定したモノではなく変化するモノとして捉えている点は、「プラグマティズムやネオ・プラグマティズム」と同様です(2025.05.12「ベイズ推定、思弁的、ネオ・プラグマティズム・・・」)。また「コミュニケーション」によって常に更新されていくという考えは、オートポイエーシスと共通点があります(2025.0822ポストモダンと「擾乱を伴う反復系」1, 2025.10.04「純粋経験のオートポイエーシス的解釈」)。人は「先入見」を持って物事を理解しています。この現在の理解の状態を「地平」と呼んでいます。そして人は「テクスト」に触れます。これによって「コミュニケーション」が生じ新しい理解の解釈に至ります。これは新たに「地平」が開かれたことです。そしてこれを「地平の融合」と呼んでいます。
blogの例
「記憶」の利用は重要なテーマであると思っています。具体的にはそれが「痕跡」というテーマとなり、Monogokoroのblogで複数扱ってきました。よく利用している記憶のさせ方はtable DATで、データとしてtableに書き、必要な時に呼び出す。また上書きすることで更新することを多用してきました。インデックスの数(データの数)が決まっている場合は何ら問題はありませんが、データ数が可変の場合、使わないデータを消したり、最後のインデックスの値を常に読みとる操作を入れる必要がありました。CHOPのデータを読み取り、tableに書く操作も必要です。勿論こうしたことはできないことではありません。しかし、trail CHOPとlimit SOPを使えば、それだけで記憶でき、痕跡を描くことができます。また更新を止めるには、trail CHOPのパラメータであるactiveをoffにすればいいだけです。このことを最近知ったのです。trail CHOPはCHOPですからデータを扱うし、limit SOPはSOPですので3次元形状を表します。ですのでデータを見える化するのには象徴的なオペレータの組み合わせです。これまでのTouchDesinerの知識が「地平」であったわけですが、私にとっては新しいこのオペレータの使い方を知ったわけです。これが「テクスト」に当たります。そしてtrail CHOPとlimit SOPの使い方を簡単な例で試していると、あーそうだ、連続したポテンシャルが描けるんじゃない、と思ったわけです。これが「地平の融合」に相当します。この結果「痕跡4」です。また私は形状から音を作ろうとしています。軌跡が描けていくなら、図形を回転させて時の値が簡単に得られ、その図も描けることに気付きました。それをプログラムにしたのが、「映像による音生成2」です。そしてまた、随分と前にTouchDesignerの練習として行った例に、軌跡を利用した例があったことを思い出しました。これを再度見ると、trail CHOPをlimit SOPを使っていたのです。更にこの例は、私が「フィジカル・インテリジェンス」というテーマに対しても刺激を与えました。外から客観的に観る視線でなく、オブジェクトから観る視線も必要と思ったのです。そして更に3つの球の衝突回避を扱っていたことと融合し、この3つの球の衝突回避の例に、オブジェクトから観る視線を入れてみようと思ったのです。更に以前に遡ると、blenderで発振現象を見つけたことからTouchDesignerでも発振現象が作れるのではないか、ということから3つの球の衝突回避から発振現象を見つけています。
こうして数々の「地平の融合」を繰り返して、前回の「躍動感:オブジェクトからの視線」に至っています。trail CHOPとlimit SOPを切っ掛けに、これまで行っていた幾つかの知見が融合し、新たな解釈に至ったと言うことができるでしょう。研究や開発では、こうしたことは頻繁にあります。ガダマーの解釈学を少しかじっていると、そうした状態が意識できる点が利点だと思います。「先入観」が問題となるのは、ビルドアップの思想が凝り固まった場合です。それまでの知見の上に何かを載せることに執着すると下層の変更ができません。今知った新たな知見を混ぜて、「先入観」を再解釈することの大切さをガダマーは述べています。
存在論、実存との関係
ハイデガーは「人間は単に存在しているのではない、自分が存在しているということを理解しているという仕方で存在している」と言っています。これは「先入見」、つまり歴史性をもって存在している。ということです。また「自分を知る」ということにも通じるでしょう、人は歴史的な存在であり、そこに「テクスト」が入って「コミュニケーション」しながら再解釈します。サルトルが述べた実存は、人は意味無く生まれて、意味を見出そうとする存在です。しかしガダマーの実存は、生きていることが、ここで暮らし、言葉をしゃべることが、既に歴史性をもたらしてくれます。なんらかの形ですでに解釈し理解してしまっている存在です。新しい経験をすることで変化し続けます。サルトルの「何の意味もなく投げ出された」という実存から出発するより私にはしっくりきます。
表紙の画像について
今回の表紙はtail CHOPとlimit CHOPを使った例を並べておきました。「地平の融合」を忘れるな、そう私自身に言っているようなモノです。

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