工学と文学あるいはアートとの往来

相転移

はじめに

「微分方程式からSDFを作り、ベクションが表示できることを示し、これが没入感が作れるのではないか」、「ストレンジアトラクターが、ノイズ誘起遷移や確率共鳴に使えるのではないか」、と言った工学的な応用を述べてきました。今回は、微分方程式を元に作る映像が美しいので、アート側に振った映像を作製したことを述べます。すると、数学や工学について考えてきたことから、アートや文学に思いが転移します。このように、人は自身の態度によって見方を大きく変えることができます。比喩として相転移と言えるでしょう。この場合、相転移するのは人側です。モノ側の相転移のような急な変化がきっかけてとなる場合もあります。

閉じ込められた方程式

2階の線形微分方程式とトーマスのストレンジアトラクターを同じ空間内に閉じ込めようと思いました。一つは先回のように、2つのシステムを如何に合成するか、といったような工学的な見方があります。もう一つは一体化して象徴化する表現があると思います。今回はこの間の話です。それでは作製した映像を見てください。

2階の線形微分方程式から作ったSDFとトーマスのストレンジアトラクターを一つの球の中に閉じ込めました。閉じ込めると、永遠性や神秘性が感じられます。閉じ込めるという操作だけで、数学というようりも、アートや文学の世界に入れます。作製方法は2025.12.17の「ISF(シェーダー)の利用」で紹介した方法とまったく同じです。ストレンジアトラクターとSDFを合成した映像をenvironment light COMPのenvironment MAPに使っています。このenvironment MAPを球に貼り付けて映像を作っています。

最近のblogでは状態が急に変わる相転移の話をしてきました。数学や工学から閉じ込める操作によって、アートや文学の世界に入れるというのも相転移的です。脳の中で何が起こっているのか分かりませんが、流れてくるイマージュが変わります。閉じ込めらた世界に対する話を知っていることはこの転移が起こるために重要です。少年が旅に出る成長物語や、外部からの侵入により壊される世界、また親から離れて暮らすようになる就職等の体験、研究テーマ等の仕事の変化、そうした物語や体験とリンクします。インターラクションの例としては、2025.12.05「「擾乱を伴う反復系」と「衝突問題」との組み合わせ」で紹介した、閉じ込められた世界から脱出させる例等は、直接そうしたテーマを扱ったモノです。具体的なモノを体験させることで、体験者の背後に持っている世界を想起させようとしています。また2026.06.27の「アート的な関係性「諸行無常」」は3つの閉じ込めた映像で浸食を現わしました。これまで私は体験者に想起させる目的でインターラクション装置を複数作製してきました。しかし意図が伝わることはなかなか少なく、表現の難しさを感じてきました。人それぞれという分野ではあるようです。ただ人の特性として興味深く、一気に別の領域に思考が移る場合があることも事実です。閉じこめられた世界を描くと、アーサー王の聖杯のある特別な空間で永遠に生きる騎士の物語や、全く違う価値観を持つ人との交流を描く、アーサー・C.クラークの「都市と星」、真実を知ることがよいことかどうかを問う、カズオ・イシグロの「忘れらた巨人」、等を思い出します。これはら閉じた世界から開かれた世界への葛藤を描いています。数学の微分方程式は本来これらと何の関係もありません。しかしそれらをアート的に表現したり、表現されたモノを見ると、文学や芸術にアクセスすることになる機能を人が持っていることに気付きます。これ自体が驚きです。昔の歌を聴いたり、昔の家電製品を目にすると、当時のことを思い出したりすることに関係しているとは思いますが、これらは直接的です。より抽象化したレベルで生じています。物語や体験そのものというより、抽象化され階層化されて記憶しているのではないでしょうか(根拠ではありませんが、関連する情報として、2025.08.02の「情景と認識論1」で紹介したActivation Atlasesがあります)。人は抽象化されたモノの類似点を知らず知らずに見つける機能を持っているように思えます。実際そのような機能が備わっていなければ、全てを体験しないとわからないことになります。体験は勿論豊かさに繋がると思います。そしてまた抽象化レベルへのアクセスも、豊かさに繋がるものと思います。プログラムで作る現象をアートに使うのは、抽象化したレベル間にアクセスする訓練になっています。

荒地の交易

2026.05.12のblog「ストレンジアトラクターを使った確率共鳴」で作製したトーマスのストレンジアトラクターの映像と大地の映像を合成し、color MAP, normal MAP, hight MAPを作り、pbr MATにアサインすることで、立体化しました。アトラクターの2領域がつながったり離れたりすることが大地の上で行われると、輸送の流れ、交易を想像されると思ったからです。作製した映像を見てください。

なんだか、交通の流れのようで、交易の頻度を高さで表しているように思えます。トーマスのストレンジアトラクターは別に交易と関係ないわけですが、このように大地の上に描くとそのように見えることが面白さです。太陽がのぼり明るくなるタイミングで2領域間の行き来が行われ、夜には暗くなり行き来がなくなる、等とすると一層それらしくなるでしょう。微分方程式を描くにはどうすればよいか、と言ったことと全く違うことを空想することになる状態変化が相転移的です。パラメータbが大きく領域が離れている場合、あるいはbが小さく2領域が常に接続されている状態や映像では、このように大地の上に描かこうとは思いませんでした。時々繋がる確率共鳴の現象が、輸送や結合、人の集まりや解散をイメージさせ、大地(場所)との関連性を想起させました。このようにちょっとしたきっかけが、動機になることも相転移と似ています。私の持つ抽象化された記憶と共鳴したのではないかと思います。

まとめ

微分方程式の相空間やSDF表示をみることを切っ掛けとして、本来何ら関係のない文学やアートへ思いが移る現象を述べました。状態が一瞬で大きく変わることから相転移的であるとしました。体験は体験そのものだけてなく、抽象化されて記憶されており、そのため体験したことがない現状でも、抽象化されたレベルで共通点があるなら、イマージュとして引き出せるのではないか、という個人的意見を述べました。プログラムは論理的記述ですが、結果としての映像との間をフィードバックしながら作製するので、イメージからの影響を受けるようです。同じ確率共鳴のストレンジアトラクターを見る場合も、自分が工学的な態度を取ろうとする場合は、相転移の高感度化に意識が向かっていたのに対し、アート的なものを作ろうとすると、輸送や関連性に意識が向かいました。このように志向性の往来ができることに興味があります。今回のように志向性をわざと変えてみるという行為は、抽象化された構造を見つけるための訓練になるように思います。また分解能を高めることにもつながるはずです。

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