はじめに
今回は名古屋市にある見晴台(みはらしだい)遺跡の市民発掘体験について述べます。この遺跡は、1941年に銅鐸型土製品が発見されそれ以降発掘が行われています。1980年から市民参加が始まり、それ以降市民参加が続いています。長期にわたる市民参加による活動が特徴です。私は今回はじめてこのボランティア活動に参加しました。10月だけですが計8回参加しました。昨日が最後の参加でした。9:30~15:00まで、基本土を掘る作業です。運動不足の私は、帰ってくると昼寝を少しする必要があるし、次の日は足腰や肩が痛くなるし、プログラムもその日は軽くするだけで疲れるし、そこそこ影響がありました。その替わり新しい体験が多くでき、得ることも多くありました。そこでそれらを述べようと思います。発掘体験そのモノの話ではありませんが、私は2か月に一度、成人病の薬をもらいに病院へ行きます。毎回血液検査をするのですが、今日はその日でした。ぎりぎりでしたが正常値の範囲に全て収まりました。こんなことはこれまでなかったことです。発掘による運動の効果を認識した次第です。
私は子供の頃から化石や石集めをしておりました。主には学生の頃までです。しかし現在もどこかへ出かけると、石を拾ってくることはたまにあります。それらは地質時代のモノです。今回とは直接関係ありませんが、こうした活動に興味がある遠因であると思います。体験としては石を割るのと、土を掘る違いです。化石や鉱物の発掘は、自分で見つけたものを持って帰りコレクションにできますが、遺跡の発掘はそれはできません。この違いは大きいと思います。私は神話や歴史に興味があります。住んでいる愛知県はヤマトタケルの神話の地です。そして古墳が多くある地域です。また戦国時代の3英傑誕生の地でもあります。このように歴史の重要な舞台となってきました。家の近くにも歴史散策ルートがあり、しばしば散策に出かけます。歴史に親しむ良い環境だと思います。
発掘内容そのものに興味のある方は、「見晴台遺跡市民発掘」のサイト等を見ていただくとして、ここでは、体験したことや、発掘ロボットができるかという観点での考察を述べます。
最初に感じたこと
見晴台遺跡は弥生時代の遺構ですが、人がそこで生活していたのはその時代だけではありません。中世、江戸時代、それから第2次世界大戦時に施設がありました。また現在の公園として整備と、様々な変遷を経ています。従って掘ると、様々な時代のモノが現れます。昔のモノの上に整地して次の時代のモノを立てるのであれば、層状になっていくわけですが、必ずしもそうでなく、昔のモノの上に、あるいはそれを掘って次のモノを建てたりしているようです。また整地する時、どこからか土を持ってくきて埋めているそうです。ですので必ずしもそこにあった土だけがあるというわけではありません。ですので単純にこの層から出ると何時代、ここに何々がありました、というわけではありません。今回体験した場所も、昭和の戦争時代の遺物と弥生時代の遺物とが混ざっていました。また明らかに違う場所から持ってきた土がありました。こうした錯綜した状況から、事実を見つけていくということを行っておられます。溝とか穴とかしかない状況から、ここに弥生の住居があって、こちらは昭和の建物がこうあって、といった話を聞くと、習熟された方は、見えているモノの違うなと感じます。どの分野でもこういうことはあります。
周辺地域の環境
弥生時代には今よりずっと深くまで海が入りこんでいたようです。熱田神宮の場所は半島になっており、発掘現場の見晴台は松巨島という陸側に隣接した島になっていたようです。そして鳴海の千句塚公園の高台、ヤマトタケルのお嫁さんがいらした大高が、海岸線になっていたようです。熱田神宮前あたりの海が阿由知潟(あゆちがた)と呼ばれ、これが愛知の名前の由来です。鳴海も鳴海潟として知られています。随分前に地域の歴史散策ツアーに参加したことがあります。神話が事実だとしたら、ヤマトタケルは大高にいる宮簀媛(みやずひめ)の所へは船で通っていただろうということでした。陸路より海路の方が高速移動できた時代です。鎌倉時代でもまだ海岸線はこのあたりだったようです(この地域は鎌倉街道も通ってますし、江戸時代の東海道も通っています)。次のような歌があります。
・年魚位潟(あゆちがた)潮干にけらし知多の浦に 朝漕ぐ舟も沖に寄る見ゆ 万葉集
・さ夜千鳥 声こそ近く なるみがた かたぶく月に潮やみつらむ 新古今和歌集(鎌倉時代)
岬や高台は海岸の近く、弥生時代の暮らしに便利であったと思います。後の時代になると、そこには神社や城や砦ができたりするようです。また物流が集まる拠点となったりもしたようです。地形と暮らしは密接に関係しています。今では海岸線はずっと西側にあります。こうした昔の地形が現在と関係がないかというとそうではありません。長く住んでいると地域の仕事が廻ってきますが、区政協力委員というのを3回勤めました。そこでは防災の関係でハザードマップを見る機会がありました。新しい地域は、津波災害、河川氾濫、液状化等の可能性のある地域と関連がある場所が多くあります。
発掘体験
発掘は手刈り(両刃鎌)やスコップを使って行います。私が参加した時には地山(熱田層)と呼んでいる弥生時代の土がおよそ露出した状態まで掘られていました。そこから、土の表面を手刈りで薄く削って遺構があるかどうを探す所からはじまりました。土の色が黒っぽくなっていて、主に丸状になっている部分があやしいようで、それを探します。住居の周りの溝や、穴を掘って何かを捨てたりした所に、後に土が積もった後や、木を立てたり、何かを立てた後が腐ったり、土に埋もれたりすることで、土の色が変わるようです。それを見つけると石灰で白く印をつけます。その後その円形状に印をつけた半分を地山が出るまでスコップや料理に使うお玉を使って掘り下げます。半分ずつ掘るのは断面を見るためです。この断面を見るということが全体的に重要なようで、こうした遺構の後だけでなく、溝を比較的長く連続して掘ってどういう積層の仕方になっているのかを確認する箇所も作ります。断面でその場所の来歴を観察するようです。また土が斜めに傾斜して入っているような所、即ち埋めた端に当たるような部分も、断面を出していきます。これも手刈りやスコップを使います。遺構は大きいモノ小さいモノの、深さも深いモノの浅いモノ様々です。また溝を掘るのは手バチという道具を使います。また地山が幾分下にあるような場合は、大型のスコップでグイグイ掘る場合もあります。いずれも何かそこにあるかもしれないので、大胆かつ繊細に掘る必要があります。土に色や感触の変化に注意して掘っていくことになります。9:30~15:00までこんなことをしていると、腕や腰が痛くなります。土器の小さい破片等はそれなりに見つかります。参加された方によっては、立派な土器を発見されたりする方もいらっしゃいます。何か見つかるのは嬉しいし、驚きです。私が見つけたモノは、弥生土器に小さい破片、江戸時代の茶碗の破片、炭化した木、砂利っぽい石の段差、なんか凸凹した堅いモノが並んでいる場所、等です。道具から感じる触感が変わるので質の違うモノに当たるとわかります。単に土が固くなっているだけの場合もありますが、そこから破片がでてきて、オーこれか、という感じでした。行って分かったことは発掘作業の目立つ部分は土器や勾玉等を発掘することですが、他にも土の重なりを見る、層の厚さの変化を見る、弥生時代の後の上に中世の畑があったとか、その土地の変遷、物語を解読する、そういったことも重要なことです。私自身も過去の長い変遷を経て、今見ている姿になっているという、その場所の変遷物語に興味があります。
発掘現場の写真を載せておきます。表紙の写真も現場のモノです。


私が見つけたわけではありませんが、はっきりとわかる弥生土器がみつかりました。それが次です。

発掘ロボットやセンサ視点からの考察
発掘ロボットができないかとか、センサで見つけれないのか、等と思いながら作業をしておりました。残念ながらそれは相当に難しいと感じます。数cm以上の異物を見つけるのに特化した装置はできるかもしれませんが、発掘作業をするロボットは相当困難だと思います。暗黙知の多い分野です。
まずロボットが現場に入ること自体が難しいでしょう。現場は段差があり足もとが悪く、安定して目的の場所にたどり着くのに一苦労すると思います。土の色や道具から伝わる感覚と視覚から状態を知ることも相当に困難です。基本は土の色が違いますが、同じ土でも場所の環境によって、色も変わっています。こういう違いは区別できないでしょう。また晴れが続いた状態と、前日が雨の状態では、同じ土だとは思えません。これらをその場でその時のセンサで判断することも困難でしょう。また土にも匂いがあります。こうしたことで人は質の変化を感じます。手刈りやスコップから伝わる土の質の違いは随分わかります。こういうことが感じ取れる触覚センサを作るのはよい課題になると思います。堅い柔らかいの質の違いはあるのだけれども、それはどちらも取り除いてもよい土であったりするのはわかりにくいです。一つのセンサで判断できず、複数のセンサの総合評価が必要です。センサやロボットは基本特化型ですから、人間のように総合力を持たせるよい課題です。
北京で「人型ロボット大会」が開催され、100メートル走やサッカー等がありましたが、発掘ロボット大会は大変面白いでしょう。発掘のために多大な投資をしてロボットやセンサを開発する企業があるようには思えませんが、発掘ロボットを作ることでセンサとして、また人との違いを学ぶことは数多くあるでしょう。今のロボットは客観的にセンサの結果から掘るということでしょうが、人が掘る場合は周囲を掘りながら、どうなっているのかを空想して掘っています。ロボットやセンサがデータを収集し、人が解釈をするのでは、性能の進歩はあるでしょうが今一つです。人のように解釈をしながら掘るフィードバックにブレイクスルーがあると思います。また、何日間か行っていると感覚が最初より身に付きますが、この身体性を真似る必要もあるでしょう。そう思うと人と協調するようなロボット開発には適した作業でしょう。
まとめ
道具を介して伝わる感覚を使い、匂いを感じ、筋肉を動かし、何があるか探し、また空想し、人でないとできない作業を体験をしたと思います。そして結果的には私の健康の数値もよくなりました。人間はゲシュタルトです。こうした全体で感じることが替えがたいと思います。ある機能に特化するセンサやロボットは今後も発達するでしょうし、全体で総合判断することを課題とする方向はあるでしょう。しかし人が作業することが続くと思いました。
歴史では、その場所に行ってそこに立つから感じとれることが多くあります。小高い場所に立ち、ここに遺跡があることを知ることで、向こうが海だったという想像ができます。そこで痕跡を見つけた経験によってより想像が深まります。山城などは典型だと思います。実際に登ってみると、この山の尾根にそって城を築いていたのかという驚き、この急斜面を登ってせめて来たのかと思うと尋常ではありません。Monogokoroはインターラクティブにプログラムをするフィードバック体験を重要視しています。退職してモノと合わせて作るということが無くなりました。プログラムに特化することは、お金を掛けずにすむという大きな利点がありますが、ゲシュタルトと言う点では残念に思います。今の方向は、哲学や文学と関連を探り、これまでと違うゲシュタルトを作る路線です。そしてもう一つ、物語の中でプログラムを使う方向を考えております。より体験的な在り方をそのうち試したいと思っています。今回はそれに対するよい刺激となりました。


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