ナラティブ・パッケージ4:宇宙駆逐艦・雪風の物語

ナラティブ

はじめに

先回惑星ヤヌスのblogを書きました。これが惑星の話であったせいか、随分まえに作製したキャラクター宇宙駆逐艦・雪風と結びつけて物語を作ってみようと思いました。話を考えてみると、ショッカーと戦う仮面ライダーのように、明確な敵と対自するというより、「場」と結びつける話を考えがちであることに気づきました。2026.06.05には「ストレンジアトラクターと現代社会2:・・・」を書いていますし、私自身が何か得体のしれない、自分を包む社会、非線形なうねり、のような雰囲気を感じているようです。ナラティブ・パッケージは、物語を作る一連の流れを指しています。そこで、物語を作って、それをAIに話すことで自分がどのように思っているかを分析する過程を入れることで、自分が感じていることを言語化しようと思いました。そうすると一連のプロセスになるので、新たなナラティブ・パッケージができると思いました。

宇宙駆逐艦・雪風の物語

物語の準備

2つ物語を作ってみました。それに使った動画をまとめて紹介致します。これまでのblogにアップしてきた映像の再録です。
1.雪風の勇姿(2025.08.09「偶然性」)

2.雪風が僚艦と共に戦っている場面(2025.08.09「偶然性」)

2.雪風が「場」に攻撃されている場面(2026.06.25「モノ側の相転移と人側の相転移」)

3.雪風がストレンジアトラクターに攻撃されている場面(2026.05.31「工学と文学あるいはアートとの往来2」

4.雪風が見た惑星ヤヌス(2026.07.04 「惑星ヤヌス:外と内にようる映像の違い」)

これらから抜粋した画像をまとめたものが次です(ただし図1は動画からの抜粋ではありません)。それぞれ図に番号を振っており、物語の中でこの番号を使います。

以下、宇宙駆逐艦・雪風の物語の例を示します。全体的には、スタニスワフ・レムの小説「ソラリス」の影響を受けた話になってしまいました。この小説は惑星そのものが生命体で、人の心を読みとり望をかなえる姿を提示します。この設定は衝撃的でした。
ハリール・ジブラーンの詩を訳した神谷美恵子は、「人間は地球と自然を超えたものを思いみる。天を。仰ぐのは、その願いをあらわす身ぶりでしょう。しかし自然を超えるものは人間の思考力をはるかに超えているため、例えば「神」を考えるにしても、人間は自分に似た存在としてしか、これを思い描くことができません。諸国の神話に出てくる神々がいかにも人間くさいのは、このためでしょう。ところがジブラーンは考えます。神はそんなに卑小なものであるはずがない。人間の思惟を遠く超えたものであるにちがいない。」と述べています。ギリシャ神話でも日本の神話でも「神」の姿は人間と同じです。そうでない姿を思い浮かべるには、尋常ではないのです。これと同様、生命体を空想する時、それは我々が接している動物や生物の延長、あるいはその合成であるキメラになることが多いのです。「ソラリス」はそうでない生命像を提示しています。

宇宙駆逐艦・雪風の物語1

以下は、私が話を作り、それに沿ってAIに読みやすくしてもらった物語です。

宇宙駆逐艦・雪風(図1)は、地球防衛軍が長年の技術と経験を結晶させて造り上げた、最精鋭の艦である。数々の戦場で仲間の艦とともに前線に立ち、幾度となく危機を突破してきた(図2)。その名は、乗り組み員にとって誇りであり、地球圏の人々にとっては希望の象徴でもあった。
そんな雪風に、新たな任務が下される。惑星ヤヌス付近で活動していた宇宙艦隊が、突然消息を絶ったのだ。通信は途絶え、残されたのは「最後にヤヌスへ向かった」という記録だけ。雪風は原因究明のため、単艦でヤヌスへ向かうことになった。
やがて赤い荒涼とした惑星ヤヌスが視界に入る(図3)。砂漠のような表面が広がり、生命の気配はまったくない。乗り組み員は緊張しながら大気圏へ突入する。しかし、雲を抜けた先で彼らは息を呑んだ。そこには緑の大地が広がり、湖がきらめき、かつての地球を思わせる豊かな世界が広がっていたのだ(図4)。
長年、金属と機械の中で暮らしてきた乗り組み員にとって、その光景はまさに楽園だった。彼らは一時的にこの地に滞在し、ここを拠点として艦隊の行方を探ることにした。
しかし探索を進めるうちに、雪風は奇妙な現象に遭遇する。ある時は、空間そのものが歪み、場が雪風を押し潰すように襲いかかってきた(図5)。またある時は、空間から伸びる触手のような構造が艦を絡め取り、引きずり込もうとする(図6)。どれも既知の物理法則では説明できない、未知の宇宙現象だった。
雪風はこれらを「外宇宙に存在する新種の危険」と判断し、いったんヤヌスへ戻ることを繰り返した。しかし、戻るたびに乗り組み員の心は揺らいでいく。
「もう、ここで暮らしてしまえばいいのではないか」
緑と水に満ちた世界は、あまりにも魅力的だった。
だが、それこそが惑星ヤヌスの思惑だった。雪風が遭遇した“場”や“触手”は、ヤヌスが作り出した仮想空間であり、乗り組み員の心を読み取って構築された精神的な罠だったのだ。ヤヌスは豊かな大地そのものが兵器であり、人の心を操るために設計された惑星だった。
雪風は、これまで幾度も自分と似た艦と戦い、無敵の力を発揮してきた。しかし、心を揺さぶるこの惑星の罠には、誰ひとり気づくことができなかった。
果たして雪風は、この惑星の真の姿に気づけるのだろうか。
あるいは、私たち自身もまた、気づかぬうちに幻想の中で暮らしているのかもしれない。

宇宙駆逐艦・雪風の物語2

もう一つ話を作りました。これもAIに読みやすくしてもらっています。

宇宙駆逐艦・雪風は、ある異常信号を追って航行していた。信号源は、既知の星図には存在しない“空間の裂け目”のような領域で、そこでは物理法則が乱れ、場そのものが形を持つという報告があった。雪風はその断層域へと慎重に接近する。
最初に観測されたのは、空間に浮かぶ触手のような構造体だった(図6)。それは物質ではなく、場の濃度が局所的に凝縮した“形状”であり、雪風の周囲をゆっくりと蠢いていた。乗り組み員は恐怖よりも好奇心を抱いた。未知の宇宙現象を目撃することは、彼らにとって最大の名誉でもあったからだ。
しかし、次の瞬間、場が雪風を直接攻撃し始めた(図5)。赤い粒子のようなものが艦の周囲に渦を巻き、重力と磁場が混ざったような力で船体を引き裂こうとする。雪風は緊急回避を行い、断層域から離脱した。だが、奇妙なことに、攻撃を受けた直後から艦のセンサーが“惑星の存在”を検出し始めた。
その惑星はヤヌスと名付けられた。雪風が降下すると、まず荒涼とした赤い表面が広がっていた(図3)。生命の痕跡はなく、ただ静寂だけが支配している。しかし、さらに大気圏を進むと、突然景色が一変した。雲を抜けた先には、緑の大地と水のきらめきが広がっていた(図4)。まるで二つの惑星が重なり合っているかのようだった。
乗り組み員は困惑した。赤い不毛の世界と、豊かな緑の世界。どちらが本物なのか判断できない。雪風は惑星表面の調査を進めるが、センサーは常に二つの異なる地形を同時に検出し続けた。まるで惑星そのものが“二重構造”を持っているかのようだった。
その時、雪風の前方に巨大な球体が現れた(図3の拡張解釈)。球体は地殻のような模様を持ち、内部で何かが脈動している。雪風は球体を観測しようとするが、突然、空間が裂け、複数の艦影が姿を現した。雪風と同型の艦が、まるで鏡像のように並び立っていた(図2)。それらは雪風を敵と認識し、攻撃態勢を取る。
雪風は応戦するが、敵艦は物理的な質量を持たず、攻撃がすり抜けてしまう。まるで“雪風の記憶”が具現化したかのようだった。乗り組み員は悟る。これは敵艦ではなく、雪風自身の戦闘履歴がヤヌスによって投影されたものなのだ。
そして最後に、雪風は自らの姿を上空から見下ろすことになる(図1)。それは本来ありえない視点だった。雪風は気づく。ヤヌスは惑星ではなく、巨大な観測装置であり、訪れた者の記憶・恐怖・願望を読み取り、空間そのものを変形させる“心の反射装置”なのだと。
赤い荒野も、緑の大地も、敵艦も、場の触手も、すべて雪風の記憶と感情が投影された世界だった。
ヤヌスは観測者の心を読み取り、宇宙そのものを“物語化”する装置だった。
雪風はこの装置から離れようとする。しかし、離脱しようとするたびに、ヤヌスは新たな景色を提示し、乗り組み員の心を揺さぶる。
「ここに留まればいい。あなたが望む世界はここにある」と。
雪風は問い続ける。
自分たちが見ている宇宙は、本当に“外界”なのか。
それとも、ヤヌスのような装置が無数に存在し、私たちは常に何かに観測され、物語化されているだけなのか。
雪風は再び航行を開始する。
だが、彼らが抜け出したと思っている宇宙が、本当に“外側”なのかは誰にも分からなかった。

AIによる物語の分析

この2つの物語をAIに分析してもらいました。
テーマ:世界は物質でなく、場と心の相互作用で立ち上がる

1.戦いは物理的なものではなく、イメージのコントロールになる。
両方の物語で、雪風は「物理的な敵」と戦っていません相手は、
・心を読み取る装置
・記憶を投影する空間
・場が形を成す現象
です。戦っているのは、自分の認識・イメージ・構造です。
2.雪風が戦う対象はモノででなく、場になっている。
・触手にような場
・空間そのものの歪
つまり、モノ(物体)ではなく、関係性・場・構造が主体となる。
雪風はモノとしての宇宙船で、場に翻弄される存在である。
3.惑星ヤヌスは生命体でなく、生命的に振舞う装置です。その機能は
・心を読み取る
・仮想世界を生成する
・記憶を投影し、誘導する
モノではなく、情報・心・記憶をコントロールする装置です。
4.雪風は、従来の「物体としての宇宙船」です。
一方、ヤヌスの世界は、
・モノは意味を持ちません
・場が決めます
・ネットワークが世界を生成します
・心を読み空間を変形します
ヤヌスの世界は、モノ中心の世界観から場・ネットワーク中心の世界観への転換を描いています。世界はモノではなく、場と心の相互作用で立ち上がります。
5.雪風はどうなっていくだろうか、で終わっています。実在し地に足を付くモノがどうなっていくのか、疑問に思っています。

AIの分析を読むと確かにと思いました。このような設定を決めて話を作ったわけではありませんが、AIに分析してもらうと認識できます。それが私の物語の深層にあるということでしょう。そしてこの過程を経ることで、思いついたことがありました。それを次に示します。

ナラティブ・パッケージ

Monogokoroでは哲学も扱っています。哲学は本来、時代の大きな問題をなんとか解決しようとしています。話が大きすぎるし、数十年ほどかかって振り返るとそういうことだな、と分かるようなことで、その時その時には評価ができません。例えばトマス・アクィナスは、中世の人ですが、当時ヨーロッパは信仰の世界にありました。しかしイスラム世界から理性の世界が入ってきます。これにより信仰が脅かされます。そこで理性を使って神の偉大さを証明しようという方向で理性を取り込みます。これにより信仰は維持され、社会は安定します。スピノザは心身二元論で有名です。科学と宗教が激突する時代に登場します。スピノザの少し前は科学を声高に語ると宗教とぶつかり、迫害されたり殺されたりしています。彼は心と物質を完全に切り分けます。結果的に、心は教会が扱い、物質は科学が扱う方向に歴史は向かいます。カントは啓蒙思想の時代、ドイツの産業革命前夜といった時代の人です。彼は学問として認識できることと、できないこと、を分けました。認識できることは言わば科学であり産業です。認識できないことは宗教です。これで産業及び科学と宗教との分離が図れます。この考えは科学技術を発展させる方向に働きました。ただし、こうした哲学者がいたから世界が変化したというのは言い過ぎです。そういう問題や漂う雰囲気を先見の明を持って理論化し、こういう方向だと述べた方々だと思います。このように哲学者は真理を求めているというより、時代の問題に対して方向を示しています。

今回の雪風のナラティブを分析すると、私が何を問題と捉え、どのような方向を考えているのかということが浮かび上がってきます。つまりこれが私の傾向というわけです。そしてそれは世の中の雰囲気も少しは反映しているでしょう。つまり哲学が時代の問題を先取りするように、私の傾向を言語化しているということです。つまり今回、「映像を作るー>複数の映像を組み合わせて物語化するー>これをAIにより分析するー>その人の傾向が分かる」、という一連の流れがあります。これを、新たなナラティブ・パッケージとして、今の自分がどういう傾向を持っているかを知るのに使えると思いました。現象学の間主観性のように、複数の方が同じ画像セット(あるいは、どういう画像を選択したかも問題にできます)からそれぞれ話を作り、共通性を見つけると、世代あるいは時代の傾向が掴めるかもしれません。

おわりに

これまで作製した映像を使って、「宇宙駆逐艦・雪風の物語」を作製しました。そしてAIによりその内容を分析し、ナラティブの傾向を言語化しました。これは自分が何を問題と捉え、どのような方向を考えているかを示しているように思います。「映像を作るー>複数の映像を組み合わせて物語化するー>これをAIにより分析するー>その人の傾向が分かる」この、一連の行為を新しくナラティブ・パッケージに加えようと思います。

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