ストレンジアトラクターと現代社会2:サピエンス全史

連帯

はじめに

ユヴァル・ノア・ハラリのサピエンス全史は、2016年に日本語版が発表され日本でも話題になりました。分厚い本なのでその時は読めませんでしたが、遅まきながら読んでみました。「ポスト・モダン思想からはじまる、個を重視する極端な現代の状況が、人間の最大のメリットを失わせているのではないか」、と思いました。対策として、ストレンジアトラクターと絡めた、「弱い連帯の物語」を示しました。

「ストレンジアトラクターと現代社会1の要約」と読後の主張

私の最近の現代社会に対する見方は、2026.05.08の「ストレンジアトラクターと現代社会1」で述べています。これを最初に要約致します。
「~主義」として呼ばれてきた過去の思想は、線形微分方程式の相空間にあたり、それは「エネルギー」という一つの切り口で説明してきたような見方だと主張しました。「~主義」という複数の思想がありますが、それはそれぞれ異なる切り口ですが、「エネルギー」という一つの切り口で語れると思っていた時代の、切り口の違いでした。
現代は非線形微分方程式の相空間がストレンジアトラクターとなる、カオスの時代だと主張しました。「エネルギー」という一つの固有値で状態を説明できない時代になっているということです。そして、経済指標、心理指標、技術指標、文化指標、社会ネットワーク、情報流通、等複数の状態があり、何を相空間の状態変数にすればよいかも分からない状況です。今回読んで思ったことは、「少なくとも。後半で述べる状態変数の相空間を考える必要はあるな」、ということです。結論として、それは何かを書いているのが今回のblogです。サピエンス全史を読む前は、「何を相空間の状態変数にすればよいかも分からない」状況、ということで終わっていましたが、少し考えが進んだということです。個人がそんなことを思っても何になるのか、というようなことですが、思ったことを素直に書けるのがblogのいいところです。

サピエンス全史で驚いた事

最初に「認知革命」の話があり、その部分が一番引っかかりました。ハラリの主張の核心は次のようなことでしょう。
「人類は、共有されたフィクション(神話、国家、貨幣、法、物語)を信じることで、大規模協力が可能となり、これが文明・技術・経済・科学、を発展させた」。つまり”同じ物語を信じる力”こそが人類の強さである。
これは、「個人の自由よりも、共有された物語のほうが、文明の推進力として強い」ということです。

一方、私が影響を受けた思想にポスト・モダンがあります。これは「認知革命」の話と逆方向のことを主張しています。だいたい次のようなことでしょう。
・大きな物語は解体されるべき
・真理は相対的
・個人の価値観は干渉されてはならない
・共同体より個人が優先される
ポスト・モダンは、第一次、第二次世界大戦の反省という面がありますので、そうだなと思えます。しかし、この主著は共有されたフィクションを弱め、協力の基盤を崩します。つまり、ハラリの主張する人類の強さの源泉を、自ら解体しようとしています。

現代の日本は、ポスト・モダンの影響を強く受けた国です。それは敗戦の影響でもあります。そして、上に挙げたポスト・モダンの思想は、より先鋭化されています。「個が強くなりすぎて、社会全体が弱くなっている」という感じでしょう。個々を競争させて、一人一人の能力を挙げましょう、ということになっています。しかし、ハラリ言うように、連帯が無くなると全体的にはマイナスになります。個としては強いネアンデルタール人が、連帯するホモサピエンスに駆逐されるという話と同じです。「個の自由」と引き換えに、社会の物語を失った状態、と言えるでしょう。その結果、少子化、経済停滞、共同体の崩壊、孤独、富の偏在、社会の活力低下、が起きています。これは構造的な帰結でしょう。

一方で、グローバルな理念より、歴史性・文化性でまとまる社会を目指しているように見える国もあります。中国、インド、イスラム圏、ロシア、等です。それぞれの国により主張は違うでしょうが、ロシアのドゥーギンが述べているようなことです。つまり「あなた方が、自由・平等・博愛、等を掲げるのはよいが、我々は歴史的・文化的に即した進め方を行う、お前たちの考えを強要してくるな」と。西側の驚異になるのは、ハラリの主張を読むと必然のように思います。

主張:必要な相空間

ハラリの主張とポスト・モダンは対立しますが、ポスト・モダンが人間の権利に繋がっており、重要であるのも事実です。そこで、「弱い連帯の物語」で結び付きを維持するというのが、私の主張です。これはイデオロギーではなく、経験の共感の積み重ねで連帯することです。このMonogokoroのblogでも取り上げてきた、リチャード・ローティの「真理は相対的だが、残酷さを減らすという一点で連帯できる」という主張。「ゆたかな社会」を書いたガルブレイスの「大きな物語は作れないが、社会の基盤は守らなければならない」と言う主張です。彼は公共性や社会的インフラを守ることを強調しています。つまり「弱い連帯の物語」は、
1.「残酷さをなくす」という倫理的連帯
2.公共性の場と、インフラ(道路・水道・教育・文化・医療)を維持するための連帯
3.地域性・歴史性・伝統等の文化的基盤を維持する連帯
です。
(参考:2025.08.09のblog「偶然性」, 2026.03.03のblog「漸近・偶然性・連帯」, 2026.03.22のblog「ゆたかな社会」)

そして続いて私の主張は、これら弱い連帯の相空間を作ることが必要だということです。現在は何で相空間を作ればよいか分からない時代なわけですが、「連帯の相空間」を考えてはこなかったのではないかという主張です。個別の対応ではなく、相空間が必要と述べているのは、それぞれ関連しながら場を作るからです。

現代の課題としては、グローバル化、情報化、個人主義、移民・貧困・格差問題、文化の断絶、公共性の崩壊、等多くの問題があります。これらの相空間を検討することはいずれ行われると思います(これらの相空間を検討すること自体新しいことです。なぜなら、現在は個々の問題としてそれぞれの対応を試みています。相空間は、それらの関連性を現わしており、個々の対応ではありません)。しかしこの時、恐らく「連帯の相空間」は忘れられてしまうでしょう。なぜなら醸成や維持は、生産性が低いとみなさせているからです。ですから尚のこと「連帯の相空間」を主張することは重要と思います。そしてそれは、ハラリの主張する「共有されたフィクション」を維持することでもあります。

まとめ

「サピエンス全史」を読んで、それがポスト・モダンから続き現在行われている、「・大きな物語は解体されるべき ・真理は相対的 ・個人の価値観は干渉されてはならない ・共同体より個人が優先される」という方向が、人間の強みを失わせる方向であることに衝撃を受けました。
その対策として、「1.「残酷さをなくす」という倫理的連帯 2.公共性の場と、インフラ(道路・水道・教育・文化・医療)を維持するための連帯 3.地域性・歴史性・伝統等の文化的基盤を維持する連帯」 をベクトルとする「弱い連帯の相空間」を作ることが必要であると主張しました。
表紙の絵は、AI Copilotにこの文章全体を読んでもらい、連帯の相空間の図を描いてもらいました。社会問題の代表4つを外側に配置し、中心に、主張した3つの連帯をストレンジアトラクター上に描いています。文章を読んで主張を絵で表すことができるなんて、AIには脱帽です。

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