はじめに
先回の「ストレンジアトラクターの種(たね)1:複雑性はどのように保存されるか」では、トーマスのストレンジアトラクターをパラメータbとmetaballによって、特定の領域に縮退させました。これは元の地形から別の地形に変更したことを意味します。そしてそれをbの値を元に戻すことで、元のストレンジアトラクターに戻せることを述べました。これを記憶と関係させ、記憶は地形を覚えていることであって、出来事が終われば縮退させておき、その出来事と似たニューロパターンを得た時、地形を再現することではないか、と仮説を述べました。
先回の問題としては、bの値を一旦0.5のように大きくした場合、その後metaballを作用させることでほとんど1点に縮退させることができることを述べました。Rotateを併用すると完全に1点に縮退させることができます。1点に縮退した場合、bを変えても軌道は戻りますが、粒子は縮退した1点のままです。先回のTouchDesignerの実験では、点は複数にバラケますが、元のように完全にバラケルことはありませんでした。これは数点に縮退したからです。今回はこれを改善し、1点に縮退した場合でも、完全に元に戻る工夫をしたことを述べます。
縮退を解く方法
b=0.5にして縮退させた後、metaballによってほぼ1点に縮退させます。これは前回と同じです。ここで、全粒子に対してx, y, zに僅かにnoiseを加えます。これによって縮退した周りで粒子はバラバラになります。その後b=0.19に戻すと、元のトーマスのストレンジアトラクターにもどるだろうと考えました。カオスの初期値がバラケルからです。このnoiseを加える操作もトーマスのストレンジアトラクターを作るためのフィードバック内に作る必要があります。それでは作製した映像を見てください。
このように、ほぼ1点に縮退した粒子は、b=0.19にすることで、元に戻すことができました。これで1点に縮退した場合の問題も解決できました。
プログラムについて重要な変更を次に示します。

先回と大きく変わっている部分は、noise合成部が加わったことです。metaball, magnet部と合わせて、feedback POPとnull POPで構成するフィードバック内に在ります。metaball, magnet部はSOPですので、前後にPOPへの変換が入ります。switch POPの役割は、magnet SOPの動作が遅いので、縮退させる前後はSOPの経路を使わずPOPの経路を使うためです。フィードバック系の外から信号を与えて切り替えています。noise合成部はnoise CHOPで発生したnoiseを粒子の位置と合成する部分です。math CHOPのMultiplyパラメータは通常は0です。noiseと合成していません。縮退を外す際にだけMultiply=0.1にしてnoiseと合成し、全ての粒子をバラつかせました。
このフィードバックはフィードバック内にポテンシャルを与える機能とnoiseを与える機能を備えており、POPとSOP, POPとDAT, POPとCHOPを変換しています。別の機能を使いながら且つ性質を変換してフィードバックしている点は、真にサイバネティックス的です(2026.10.07「フィードバック概論1:概念の拡張」参考)。
縮退を解くことの意味
縮退を解く意味について考察します。1点に縮退することは、全ての粒子の初期値が同じということです。このためカオスはその1点で軌道を描きます。例えば10個の位置のどこかに粒子が縮退した場合は、カオスに戻すと、10個の軌道はバラケますが、初期値が全く同じ粒子は同じ軌道を描きます。そこで、noiseを使って全ての粒子の初期値をバラケされたのです。そうするとカオスは元に戻ります。勿論これは完全に前と同じ軌道を通っているわけではありません。それぞれの粒子は僅かに違った軌道を描くからです。全体を見るとまったく同じ軌道を描いているように見えても、ある場所を通過する時間は一つ一つ違っています。これはカオスの特徴です。
このことは、元の微分方程式即ち元の構造を覚えていると、完全に1点に縮退させた状態(つまり全く別の構造)になっても、元の構造へ戻せることを意味しています。これは地形を覚えているということが重要であることを示しています。先回では仮説になりますが、更に2つのアイデアを加えています。1.粒子に重なりがあり、複数の1点への縮退がある状態を、思い出しにくなった状態と考えました。2.戻した地形と今の地形とが合成され、地形そのものが変形すると、その記憶は現在の影響を受けるし、現在は記憶の影響を受けるとしました。
カオスに対するnoiseの働き
通常noiseは信号を隠す邪魔者です。特に通信やセンシングではS/N(SN比:Signal to Noise Ratio)が重要です。noiseを如何に下げるか、信号を如何に上げるかを研究します。またnoiseは、誤差、擾乱、性能劣化要因として扱います。しかしカオスでは、今回を含めて3度noiseを積極的に使う方法に出会ってきました。過去2度は確率共鳴の活用です。これについては2026.05.12「ストレンジアトラクターを使った確率共鳴」、2026.09.12「ストレンジアトラクターのコントロール4:確率共鳴を利用したホメオスタシス」で説明しています。最初の例はnoiseを使って共鳴状態ぎりぎりに持っていくことで、微小信号を検出できるというモノです(これは知られた現象です)。共鳴状態では利得が高くなることを利用しています。2番目の話は、今回と似ています。トーマスのストレンジアトラクターの片側にmetaballを使って粒子を全て移動させた場合、bの値が確率共鳴状態を示す0.19近傍より大きい場合、metaballの値を0に戻しても、粒子は片側から戻ってきません。これは2つのアトラクターができ、相互に粒子が行き来できないからです。これを元に戻すにはbをnoiseを含めて0.19より小さくする必要があることを述べています。この知見(2つのアトラクター間を行き来させる状態を作る)は今回も活用しています。そして今回は粒子の1点への縮退を扱っています。先に述べたように、カオスは初期値の僅かな違いが軌道の違いになるので、これを粒子位置をバラケさせるのに必要でした。このようにカオスでは、通常邪魔者であるnoiseを積極的に活用します。そしてこれは、自然現象では活用されている現象です。この例は近い内に紹介しようと思っています。
まとめ
縮退した位置にある粒子にnoiseを加えることで、縮退を解き、元のストレンジアトラクターに戻すことができることを述べました。記憶は地形を縮退した形で保存し、再び地形を戻すことではないか、という仮説を考えました。カオスではnoiseを積極的に使います。これまで確率共鳴に関する内容を、増幅とホメオスタシスについて紹介してきました。今回これらに加えて、縮退を解く、という働きがあることを見つけました。自然はこうした従来の工学的な応用からは特異な現象を、巧みに活用しているのではないかと思っています。

コメント